窓にかかったカーテンの隙間から、星が見えたような気がしたんだ。
雨上がりの星
「今日の降水確率は50%。もしかしたら傘が必要になるかもしれません」なんて、お天気お姉さんが言っていたのを今になって思い出した。今更思い出しても、もう遅いよ。
ホームルームが終わって、今日はバイトがないから本屋でも寄って帰るかな、って考えていた俺は、ただ呆然と立ち尽くしていた。理由?もちろん
「傘…持ってくればよかった」
ってこと。母さんも言ってたのに、寝坊しかけていたことで焦ってた俺は、大丈夫大丈夫なんて言って聞く耳を持たなかった。天罰が下ったのかも。神様仏様母さんごめんなさい。
こういう時に限って、友達が……いない。周りに人一人いない。少しのんびりしすぎたか。
男同士で一本の傘なんてものすごく嫌だけど、背に腹は変えられないって時もあるし。今日は図書室で借りた本がある。どうしてももって帰りたい。
あー、今日は宿題がないから、折角読書を堪能できると思ってたのに。ショックだな。
「シラカワ君?」
「うわっ」
…ビックリした。こんな時に(って考え事してただけだけど)話しかけてくんなよって思ったけど、それは仕方ないか。むしろ話しかけてくれなかったら相当イタイ奴に見える。実際。
イチノセは俺に話しかけてくる少数派女子で、男子なら間違いなく振り返る、そんな奴だ。俺は振り返らないけどね。キョーミないし。でも……部活に入って無かったよな。
「何だよ、なんか用でもあんの?イチノセ」
「いや?ないけど。なんか怪しげにブツブツ言ってる人がいたから話しかけただけだけど?」
「怪しかった?」
「そうとう」
おれは苦笑いしか出来ない。あたりまえだ。あいつは少し微笑んで、晴れのような声で言った。
「で?どうしたの、こんな所に立ち尽くして」
ここで少し意地を張って「別に」と答えるか、正直に答えてしまうか、悩むこと約1秒半。
「雨降ってるなと思って」と少し逃げてみることにした。
「ふーん。そうだね。傘もってきてないってことだよねー。なるほど」
……何も言ってないんですけど。とは言わない。ミステリアス・イチノセで有名(俺の中で)なあいつは見事に当てやがった。あいつは何かと心を読んでるんじゃないかと思う。じゃなきゃ、こんなに当たらない、はずだ。
「そうだけどさ。もういいだろ、そろそろ帰らないと」
…もう本は置いて帰ろう。明日に持ち越し。ダッシュで帰ればなんとかなりそうだよな。正直もう話してたく無い。変な意味でドキドキする。
「待ってよ。一緒に帰ろうよ」
「は?なんでお前と」
「傘無いんだから入ってけばいいんだよ。別にもう人いないし。平気だよ平気」
・・・
「おまえは平気でも俺はヘーキじゃないの」とは言わないけど。
「あーもう、仕方ないな。早くしろよ」
「わかってる」
イチノセの傘は女子が使うようなのとは縁の無い、シンプルな空色のだった。
意外と大きい。これなら2人で入っても問題なし、か。
傘の中はザーと音がする以外は静かなもので、不思議な感じがした。他人の傘だからだろうか。
「あ、もうちょっとそっち行ってよ」
「…はい」
何も言い返せない。なんせコレはあいつの傘で俺のじゃない。言い返せるわけが無い。肩に雨が少し落ちた。傘がなかったらやばかったな。とりあえず感謝だな感謝。と、
ふいに顔を上げてイチノセが
「家まで行くよ。どこにあんの?」と言った。
「別にいいって、途中までで」もちろんオコトワリする俺。
「こっちが良くないの。これで風邪引かれたら気にしちゃうもん。ほら、どこにあんの?」
「………。そこを右」
「わかった」
どうとでもなれ。人間諦めが肝心なんだ。
そのあとは大した会話も無かった。途中で「夜には雨は止むってさ。星が綺麗に見えるね」と言ってたのは覚えてる。「ああ」とそっけない返事を返した。
顔は見なかった。
「アリガトウ」
「どういたしまして」
無事に到着。肩はあまり濡れなかった。代わりにイチノセの肩が濡れていた。少しだけど。
さすがに悪い気がしたので、上がってもらおうかと思った。ジョシを中に招くなんて初めてだ。
けど、
「いいよいいよ。わたしが勝手にしたんだもん。気にしないで。こっちこそありがとう」
なにが?
「…うん、まぁ。じゃ、気をつけてな」
「わかってる。じゃあね。また明日」
じゃあ、と返事をなんとか返した。なんか肩透かしを食らった感じだ。あっさりだな、と改めて思った。
イチノセは空色の傘を揺らしながら、水煙の中に吸い込まれていった。
変なヤツだけど、好きにはなれないヤツだけど、今日だけは……少しだけいいヤツに見えた。
今日くらいは、特別だ。
その夜。イチノセの言ったとおり、雨はすっかり止んでいた。
寝る前に窓を見たら、星が綺麗だったのを覚えている。
2007/03/07