空がとても青かったのを覚えていました。



作った空



 「明日までにこの課題は提出するように」と言われた時はどうしようかと思った。今日配られてその次に言うことじゃないぜ。人間そんなに上手く出来てないよっての。
 クラスのやつらも最初は「ええー!」とか「無理だよ!!」とか言ってたのに、いつの間にかみんな真剣にそれに取り組んでた。完全に取り残された…。わかってたけどさ。なんであんなに切り替えが早いんだろう。あんな性格になりたかった。
 そういえば、前に「あんたはトロいと言うよりは鈍い」なんて言われたっけ。


 いつもより賑やかな自習室にいる。
 まわりの奴はとっくに予備校の課題に手をつけていた。おれはそこまで手が回ってるわけも無く、さっきの課題とにらめっこ中。
 課題は「いつもの通学路」について書いてくること、だった。
『たまには違う目線で書いてみるのもいいだろう。こんなお題を出された奴はいないよな?だから書くんだぞ。手抜きは一切なし!真剣に書いて来い』
 現代文の先生は一風変わった人で、とにかく作文を書かせる。月に2回は書かせているんじゃないか。いつもは『この作品の感想を』とかそういうフツウの学校がやるような物を書くんだけれど、今回はまた…変わったのを出しやがった。
 通学路なんて見てるわけないじゃんか。
 クラスの大半は電車通学だから書くこともあるんだろう。そうそうに書いて提出済みのやつも何人かいた。残念ながらおれは徒歩通学。書くことがありそうだけど、意外と見つからない。気にしなくなってるんだろう。


 何も思い浮かびそうにない。
 こんなに悩んでるのはおれだけなのか?何も考えてないって訳じゃないだろうけど、今回ばかりは無理そうだ。さっきから考えてみてもなんにも浮かばない。友人はとっくに家に帰ってるだろう。ここに知人は誰もいない。こんなに人がいて友人がいないなんて、おれの交友関係も狭いもんだなと思う。でも、今はそんな場合じゃないんだ。
 手がもぞもぞと動き出すのを他人事のように目に映しながらも、なんとか知恵を搾り出そうとする。




 助けを求めようとかなんかアドバイスを貰おうとか考えてなかったはずなのに、いつの間にか、おれは通話ボタンに手を伸ばしていた。
 やばい。
 誰にかけたんだろうとかそういうのはぶっ飛んでた。とにかく切らないと。
「もしもしー?シュン、聞こえてる?」
 もしかしたら…もしかしなくても、あの人に電話をしてしまったようだ。どうしよう。ものすごく切りたい。
「………。はいはいアオイさん。聞こえてます」
「声ちいさいぞ。用件は何ですか?」
「手が勝手に……いや、課題のことなんだけど」





 いつ、初めて会ったのかなんてもう覚えてないけど、確か梅雨だったような気がする。その時に話した事なんかも覚えてない。
 それでも、そこから少しずつおれの世界は変わっていったようだ。


 本当は電話なんかより会って話したいし、一緒にいたいって思ってたりもする。
 でも、しない。絶対にしない。絶対に血迷ったりしないように、心の奥底のほうに南京錠をかけた。

 付き合いたいんじゃなくって、この関係でいたい。……あまり話もしたことないけど。



「………。なるほど。うわ、助かった」
「どういたしまして。アドバイスにもなってないけどね」
「今度なんか奢ります」
「そんなのいいのに。でも、受け取っちゃおうかな」
「受け取っといてよ。………、あのさ」
「なに?」
「いや、なんでもない。ごめん」
 口から勝手にあふれようとする言葉を封じる。これは出しちゃだめなんだ。
 窓の外の青空が眩しい。
 おれなんか。って思えてくる。それ位突き抜けていて、高い空。
「……じゃあ、本当にありがとう」
「いーや。じゃあね」

 あっという間に通話が終わってた。
 すごいあっという間で、少し物足りないと思った。心臓が痛いほど打ってて会話が右から左へ状態……。
 でも、話せてよかった。
 勝手に動いた手にも少しだけ感謝した。




 早速シャープペンを握って、原稿用紙に向かう。
 もう書くことは決まった。あとは手にまかせて進めていこう。アオイのお陰でなんとかなりそう。

『空がとても青かったのを覚えています。――――――』




 もう少しだけ、このままでいよう。考えをまとめるのはそれからでも遅くない。








070523