毎朝すれ違っていた
夏のにおい
部屋のベランダに吊るしたてるてる坊主は効果なしのようです、隊長。
耳から耳を通り抜けるだけの英語の授業。飽きもせず延々と熱く語ってる(英語で言ってるから話題が何かわからない)教師。
窓際の席から横の窓をずっと見ていても気づかないなんて教師失格じゃないの。なんて思ってるけど絶対に口には出さない。この憂鬱な気分は何も天気の所為というわけじゃないけど、やっぱり雨続きなのは良くない。テンションの低下に一役買っちゃってるところが悔しい。梅雨なんて大っ嫌いだ。
「この構文は前の例文を……」
なんていってる教師は完全無視で、頭が段々と落ちていく。
最近悩みが絶えないんだ。
悩みなんて誰もが持ってるものだろう。親とか学校とか。けど、自分が「何に対して」悩んでるのか分かってないんだったら問題は別のトコにあるのかも。
毎日悶々と考えてはいるんだけど、この気持ちが一体何なのかが分からない。どうすればいいのかもわかんなくなって、結局寝てしまってるんだけど。こういうのはハッキリとさせておきたいのに、気分が落ち着かない。
「人間はなんで悩みながら生きているんだろう」
って尋ねたことがある。
「人間だからだよ」ってはぐらかした様な答えが返ってきたけど、「ああ、そうか」ってすんなりと納得してた。あれは誰に聞いたんだっけ?
それが今でも頭の中を巡っている。
相変わらず教師は呪文みたいな言葉をひたすら説明していた。
まわりの奴らも頭が重いみたいだ。ようこそ、睡眠ワールドへ。みんなで寝てしまおうじゃないか。
***
折角だから何が原因なのか徹底的に考えてみよう。
まずは時期。いつ頃からだっけ……。ここで自分の無い知恵をフル動員して考えてみる。授業なんて今から聞いたって変わんないって。………。多分3日前のような気がする。その日は梅雨入りだって聞いて「最悪だ」って思った。で、傘をさして学校に行ったんだよな。んで、忘れ物に気づいて取りに帰ったんだ。その時に綺麗な青色の傘の人が通り過ぎて……それが印象的だったけど、学校にも遅刻しないで行けるかが大問題だったから気が気じゃなかった。とりあえず間に合ったんだっけ。
あ、昼に購買が売り切れてたんだ。パン買おうとしたのに見事になくなってたんだった。
でも、これが理由でもなさそうだな。
他に何かあったかな。………………、いま寝てた。
精一杯考えてみたつもりだけど、あまり意味が無かった。
本当に何が原因なんだろう。
***
生徒にとってのアラームが鳴る。
いつの間にか授業が終わっていて、みんなが元気になる。あんなに眠そうな雰囲気で満ちていた教室も、あっという間に賑やかになった。それぞれが教室を出て、お昼の時間を有意義に使いに行った。
自分だけ陰気でいるもの雰囲気が悪くなりそうなので深く考えるのはやめにした。これだけ考えても検討もつかないんだからきっと大したことじゃないんだろう。空腹で気分が悪くなってる、とか。違うと思うけど。
自分も昼食にしようと立ちあがって、教室を出た。
屋上にでも行こうか。今日も雨が降ってるけど、入り口のところなら屋根があるから濡れないし、なにより人が来ない。
足音が一人分響いている。雨が他の音を聞こえなくさせてるんだ。
キィ、と少し錆付いたドアを開けて、出てすぐのところに腰を下ろす。
と、隣にもう一人いた。先客がいたんだ。そいつは用意周到に傘まで用意して足元や荷物が濡れないようにしていた。目を惹く綺麗な青色の傘。
「ども、先に使ってますよ」
って特に驚いてもない様子で声をかけられた。「ども」と返事をしたけど、そんなことは反射で返していただけで、頭の中では別の事を考えてた。
他に音がない、水滴に囲われたこの空間に答えがあったなんて思わなかった。
悩みってのは誰にもあるもので、その中でも解決できない、悩んでる理由もハッキリとしないものなんて沢山ある。それを積み重ねていって、人は大きくなってくんだ。
でも、ハッキリと理由が分かるほうがいいに決まってる。
少なくとも、その時の僕はそう思っていた。喉につかえていたものが取れたようで嬉しかった。
その後にその子とどう話そうかとかは考えていなかった。そんなのはこれからでも大丈夫だろう。胸が高鳴っている。
向こうの方の曇り空も明るくなってきていて、てるてる坊主の効果があったんだって安心した。
夏のにおいが少しずつ濃くなっていく。
梅雨の日の屋上
070616