劇場帰りに



 それまで暗かった所に灯りがともる。
 ふ、と息をつくのがあちらこちらで聞こえる。

「ううう………、……っ」
「いい加減、泣き止めって。もう終わったぞ」

 溜め息が出る。なんでこんなことになってるんだか。



 今日は半額の日だったからカイトと映画を見に来た。しばらく前に公開したホラーものだ。カイトはもともと怖いのが苦手なのに、昨日、手に小さいポスターを手に嬉々として「これ見に行こうよ」と誘ってきた。わざわざ苦手なものを見に行かなくてもいいと思ったから「そんなの見るのか?」とさりげなく聞いてみたのに…。

「なあ。お前さ、本当に、なんで見に来たんだよ」
「……だって、好き な 俳優が でて るから。そ れに、怖くな いって思っ たんだ」

 本当に、こいつはどこをどう判断して『怖くない』と思ったんだろう。僕からすれば、間違いなくコレは怖い分類に入る。

 何度念をおしても「大丈夫」の一点張り。もしかしたら本当に怖くないのかもって思ってたらものすごく怖かった。流石にこれはマズイと思って、上映してからちょっとして横目で見てみた。真っ白な顔して固まってた。僕でもやばいって思うくらいだ、こいつにとってすればとんでもないレベルだったんじゃないかな。好きな俳優が出てるってだけで見に来たんだ、相当好きな俳優だったんだろうな(もう見てないだろうけど)。上映前に買ったジュースとポップコーン(これがないと映画を見ても意味がない、とか熱弁してた)もまったく進む気配がない。
 30分たって、本当に心配になって見てみたら、泣いてた。
 これじゃあマトモに見れてないだろう。

「おい、大丈夫か?」

 さすがに心配になって聞いてみた。

「う……っ。ん、 だいじょう ぶ」

 しゃくりあげてちゃんと言えてないところは、この際気にしないことにした。
 大丈夫そうではないけれど、そう言うあたりカイトらしい。

「大丈夫じゃないだろ。外出ようぜ」
「………。いや」
「…まだ見んの?」
「う ん」

 上映中に長話をするのもアレだし、カイトもそう言ってるから(ああなったら聞きやしないだろう)、最後まで見ることになった。
 そして、今に至る。



 もう、劇場にはほとんど人はいない。スタッフロールもとっくに終わって、館内を清掃員がきれいにしてるくらいだ。
 さすがに…そろそろ出ないとまずいよな。カイトも泣き止んだみたいだし。

「なあ、もう出よう。マックとか行ってさ、メシくおーぜ」
「……」

 こく、とうなづいた。けれど、立つ気配はない。

「どした。早くしろよ。腹減ってきたんだから」
「…あ、のさ」

 申し訳なさそうな顔。冷や汗までかいてんじゃん。

「なに?」
「腰ぬけた。立てない」
「………」

 本当に、こいつは……。



「ほら」
「?」

 わけが分からないって顔で見るな。こっちだって一大決心して行動してるんだ。

「だ、か、ら。手だよ、手。引っ張ってってやるよ」
「へ?」

 どうしよう…とか言って悩んでる場合か。

「………。あーもう!! とにかく行くぞ!!」
「うわ」

 がし、と手をつないで引っ張る。ここからは何も見えないぞ。なにも見ない見ない見ない…。

 手、冷たいな。僕のとは大違いだ。

「ごめん」
「いまさら謝ってもしょーがないだろ。ほら急ぐ急ぐ」

「ごめん、ありがと」
「………」

 ものすごく恥ずかしい。
 高校生にもなって野郎同士で手をつなぐと思わなかった。片方はベソかいて引っ張られてるし、もう片方は真っ赤になって引っ張ってる。
 周りの目が怖くて顔があげられない!

「もうすぐで着くから。走るぞ!!」
「う、うん!」






071016