流した涙は海に還してしまえ



「……じゃあ、俺は戻るからな」

 返事が無いけれど、それを肯定と受けとって、そっと校内へと戻るドアへ手をかけた。もしかしたら頷いてくれたのかもしれないけれど、背を向けていたぼくには分からない。
 ドアが開けてから振り返ると、彼は体育座りで体をまるめていた。

 空があんなに蒼いんだよ。
 ねえ、上を見て。
 せっかくの屋上なんだから下を見ないで。
 笑ってよ。

 ――そう言って彼の横に座り、話をしたい。
 でも今のぼくにはそれができない。あの場所にいることはできないんだ。できることは、ひとりにしてあげることだけ。


「…ごめんな」
 と言ったあの顔を見たくなかった。けれど、ぼくにはそれを変える力がなかった。



 ドアが閉まる直前に吹いた風がすすり泣く声のように聞こえて、慌てて振り返ったけれど、ちょうどドアは閉まってしまった。 彼が泣くことはなかった。
 あとに残ったのはドアの前に突っ立っているぼくひとり。

 教室への帰り道で、泣けない彼のために、ぼくが少しだけ泣いた。





 タイトル: karma.

071128