「なんでそんなとこにいるんだ?」
冷蔵庫
冷やしておいたラムネを飲もうと思って、下の階へ降りる。さっきまでこの部屋で散々「暑い暑いこれは絶対に死ねる」とかなんとか言ってた野郎はトイレに行くといったきり帰ってこない。どこに行ってんだか。隠れるようなところはないはずだぞ。ついでに下には涼しいところなんてひとつもない。
唯一涼しいのは(あくまでも、割と、のレベルだが)今通ってる階段ぐらいだろうか。ここは木でできてるから電気をつけてなければひんやりとしてる。
ここで寝てもいいかもしれないな。 転げ落ちたら、家がワイドショーに映っちゃうかもしれないけれど。
その涼しい階段を下りて、蒸し暑いリビングを通る。もうここは地獄だ。
ここは日当たりが最高級に良いから(冬は最高なんだけれど)。しかも、この間クーラーが壊れたお陰でこの部屋を涼しくする方法はほとんど皆無だ。
足早にここを通り抜けてキッチンへ入る。
「うおっ!!」
そこに佐倉がいた。
ここだって、俺の部屋に比べたら暑い。現に佐倉の首は汗で光って見える。暑くてアタマまでおかしくなったか?
しかもいる所もおかしい。冷蔵庫の戸の所に座り込んでぴったりと体を冷蔵庫へくっつけている。頬ずりしてるように見えてちょっとだけ引いた。
本当に何をしてるのか訳わかんない。
「おい、なんでそんなとこにいるんだ?」
そして冒頭に戻る。
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聞いてみれば、トイレを出てふらふらーっとここへ来たというだけの話だった。俺の部屋と間違えたとかそういうことではなかったようだ。
「だーかーらーさー。こう、冷蔵庫の前にいれば涼しいかなと思ったわけだ、俺はね。丁度ここだけ日陰になってるし? それを気違いを起こしたみたいに言われると泣けてきちゃうわ」
「途中からオネエ言葉になってるぞ」
「うそっ? そんなわけないわ!」
「……おれ、部屋にもどる」
「…ったくもー。ここはノリで返してくれなきゃー。この暑さに負けちゃうぞ」
「もう負けてる」
「確かに」
はははっと上辺だけの笑い。やっぱり暑さでアタマがおかしくなってきてるんだ。
しかもラムネを取りに来たことをうっかり失念しそうになっていた。こいつのペースに合わせてると夕方になってしまいそうだ。
「とりあえず、そこどいてくれよ」
「えー。やだ」
「どけ」
「いやだ」
「いいからどけ!」
「いーやーだ!」
「どけって!」
「いーやーですっ!」
このままじゃ俺も暑さで負けてしまいそうだ。
早期解決を目標に、俺は最終兵器を出す。
「………。じゃあ買っといたアイスが食べれないなー」
「!!!」
「お前が帰った後に独り占めして食べきろうかなー」
「!!!」
「あーあ、お前は俺がわざわざ買っておいてやったのになー。お前はアイスなんかよりも冷蔵庫の前にいるほうがいいんだろ?」
「………っ、アイスがいい!!!」
「じゃあどけ」
「そうします」
勝った。
いそいそと後ろへ下がる佐倉を尻目に冷蔵庫をあける。いい気味だ。
冷蔵庫の中は冷えてて気持ちいい。冷気がすーっと足元をなでていく。ほーっと溜め息を吐いて呆けている佐倉の顔がとてもおもしろい。
「お前さ、冷蔵庫の前にいたら余計暑いだろうが」
「まじで?」
「冷蔵庫の中を冷やす分、外にはエネルギーが出てるんだよ。だから暑いんだ」
「…そっか。やっぱりそうだったんだ」
「普通に考えればわかるっつーの。 眼鏡してんのにアタマ悪いな」
「それとこれは関係ないですー。テストじゃ俺が勝ってるし」
「はいはい」
ラムネを飲もうと思ってたけれど、アイスの事を言ってしまった以上こっちを出さなきゃいけないんだろうな。ぐちぐちと言われたらただでさえ暑いのに暑苦しくなる。…というかうざい。俺だってそこまで鬼じゃない。
冷蔵庫の置くから引っ張り出したのはガリガリ君。青いやつ。
箱で売ってたからつい買ってしまったのだ。ちょうど佐倉も来るし、今日が猛暑日になるっていうのを聞いたから。
「ほらよ」
後ろにいるであろう佐倉に向けてアイスを投げる。
「おおっと!!」
とりあえずはキャッチしたみたい。
「ナイスキャッチ。ちゃんと取れたんだ」
「全くひどいなー。落としてたらどうするんだよ」
「その時はお前の食べる分がなくなるだけだ」
「はいはい。まったく蒼井クンはかわいくないねー」
「俺が可愛かったら問題だろ」
「まぁそうだけどさ」
こんな会話をしてるうちにガリガリ君は無情にも溶けはじめている。
「部屋に戻って食おうぜ。これ以上いたら溶けきっちゃうぞ」
「そうだね」
佐倉はじゃあ早速もどろー、なんて言ってさっさと部屋へ行ってしまった。ほんとーに薄情な奴だ。
アイスと一緒に俺も溶けそうだ。なんて意味のないことを考えながら、俺は部屋への涼しい階段をのぼりだす。
(アイスなんてあっという間になくなってしまうのにね)
071130