テスト前になると決まって勉強会を開く。互いに得意教科・苦手教科が異なるので効率よく勉強できる、というのが理由だ。それ以外にもひとりで勉強してても変に静かで集中できないっていうのもあるけれど。
 ということで今回も相変わらず勉強会を開いた。今回は範囲が今までよりも少ないような気がするけれど、内容が難しいから気を抜けない。先生も口をすっぱくして注意していた。




遠い世界、君は姿すら見えない




「……なぁ、ここ分かる?」
「どこ」
「んー、問30」
「あー……わかんない」
「だよなー」
 日付変更線を越えてるか越えていないかあたりになると、意識が朦朧としてきてふたりとも会話が続かなくなる。毎回のことだけど。会話もなんとなくのんびりとしてきて、どこかチグハグな感じにもなってくるのだ(次の日には何を話してたか分かんないときもある)。

 そうなると勉強会はいつの間にか終了となって、布団をひっぱりだす。
 毎回のことだけど、勉強会の日は互いの家へ泊まる。家族ぐるみの付き合いがあるのがありがたいと思った。夜遅くに出入りするのも少し気が引ける。
 今日は阿部の家へ来ていた。
「もう寝るか?」
 折りたたみの机を片付けた阿部が聞いてきた。目が半分しか開いてない。
「んー、そーする。明日も休みだし、また午前中からやろうぜ」
「…しょうがないか。俺も限界だ」
「おれも」
 もう目が閉じてしまいそうだ。限界ギリギリの目を叱咤して持ち上げる。…が大して経たずに寝てしまうんだからあまり意味はないけれど。残りの力で布団を敷く。これは慣れた作業だからあまり時間はかからない。
 おれが布団に入ったのを確認すると、阿部は電気を消した。ふたりとも真っ暗なほうが寝れるから豆電球はつけない。 ちゃんと見えているのかはわからないけど、なんでもないかのように阿部はおれを跨いでベットへともぐりこんだ(阿部は自分のベット。おれは床に布団を敷く)。
「…おやすみ」
「ん。おやすみ」

 明日のために眠りにつく。
 あっという間に意識は深く沈んだ。





 目が覚めたとき、まわりはまだ暗かった。
 その時に何故起きたのか覚えていない。ただトイレに行きたくなったのかもしれないし、見ていた夢が終わってしまったのかもしれない。
 枕もとの携帯を開くと、時間は夜中の3時半だった。
「……まだ大してたってないじゃん」
 中途半端なときに起きた所為か、目がすっきりと冴えてしまっていた。折角だからトイレを借りようかと思って、布団から抜け出す。――そうとしていた。けれど、体を起こしたところで動けなくなった。

 阿部の部屋にはベットの横に窓があって、そこを開けるとこの町が一望できる。そこから見る景色はとてもきれいで、この部屋に来ると大抵1回は窓を開けてぼーっと眺める。それくらい、おれはこの景色が好きだ。
 けれど、それは昼間とか夕方の話。
 おれが動けなかった理由。…それは、その窓のサッシに腰掛けて外を見てる阿部の背中を見たからだ。
「………」
 阿部は何も言わない。 そこは高台にみたいになってるから、窓は開けてもそこに座るって事はしない(と思う。おれはできない)。そんなところにただただ座ってどこかを見てる阿部を見て、そのままトイレに行けるだろうか。
「…なぁ、阿部?」
 声をかける。驚いていたから声が掠れて、震えていたかもしれない。
「………」
 返事はやっぱりない。
 月が静かに輝いていて、阿部の輪郭をぼんやりと光らせた。とても神秘的な(もっと言いようがあるのだろうけど、僕にはそれ以上の言葉が浮かばなかった)感じがした。
 少し悩んでから、そっと布団を抜け出して、ベットへ乗り上げた。
 開けられた窓から入る空気がピンと張り詰めていて、これは阿部の空気なのかなとかそんなことを考えた。そんな馬鹿なことを考えてから、ゆっくりと阿部に近づく(驚いて落ちてしまったら大変だ)。
「…なぁ、あべ。おいって」
 出来るだけ静かに落ち着いた声で話す。 すると阿部がゆっくりとだけれど顔をこっちへ向けた。

「なに?」
「いや、なにって……こっちが聞きたいんだけど」
「ああ…、」

 そこで言葉がとぎれた。今日の阿部はどうしたんだ?
「なんでもいーから言ってみ?」
 何かを言いたそうな顔をしてるのに、ためらってしまってなかなか言葉になってくれない。寒いし(風邪引いたら大変だから)、時間も時間だから先を促す。
「うん…」
「言ったほうがすっきりするんじゃない?」
 その前にそこからおりなよ。見てるのが怖いから。 と言うと彼はあっさりとベットへ戻る。
「で?こんな時間にどうした?」
「あー…」
「………」
「夢が」
「ん?」
 手元にあったタオルケットを手繰り寄せて、羽織るみたいにして抱える。目は、こっちを向かない。
 そんな姿を見ると、聞いてはいけないのではないだろうかと思ってしまう。でも、そういう時は<言いたくないけど聞いてほしい>みたいな矛盾した考えになってたりするもんだ。
 だから、聞いてやるさ。待っててやるから。

「夢が、さ。…夢を、みたんだ。 なんか、どこまでも真っ白で、なんにもなくって、俺ひとりしかいないとこ。夢だなって、わかってても抜け出せなくって。俺、訳わかんなくなって怖くなったから走った。どこにいるかもわかんなかったけど、もしかしたら出口とかあるんじゃないかなって思って」
 ぎゅっとタオルケットを握る手が白くなる。爪で怪我してしまうと思って、そっと解く。
 阿部の手は震えていた。頼りなさそうに、何かをつかもうとする。
「出口なんて、なかったよ。ずっと走ってたら、なんとなく、悟ったっていうか…うん、そんな感じで、さ。なんか諦めちゃったんだ」
「……お前らしくないな。あきらめるなんて」
「だろ? 俺も、そう思った。けど」
 少しずつ落ち着いてきた阿部が窓の外を見る。
「けど?」
「……諦めて、その場に座り込んでたら、誰かの声がした。ほら立って、って呼ばれたんだ。…立ったら、夢から出れた」
「そうか…」
「それで、…というかなんというか、よく分かんないんだけど、目が覚めてから余計に怖くなってさ、落ち着こうと思って…」
 座ってたんだ、あそこに。と目が語る。
「ああ、そうだったんだ」
「うん」

 月が少しずつ沈んでいった。あたりは本格的に寒くなってきて、風邪をひいてしまいそうだなと、ぼんやりと思った。
「俺さ、」
 こっちを見て急に言われたもんだからびっくりして言葉が出なかった。 な、なに? としどろもどろに答えると、なんでどもってるんだよ、と笑われた(悔しかったからわき腹に軽く蹴りをいれておいた)。
「お前に呼ばれたんじゃないかな、あの時」
 完璧にフリーズした。
「あのー、どうやってそういう結果にたどり着いたんですか?」
「いや、なんとなく」
 あー、そうですか。と呆れて溜め息が出た。
「……そういうコクハクめいた事は彼女にでも言ってやれ」
「はいはい、そうしますよ」

「さ、もう寝ようぜ。明日だって勉強しなきゃいけないんだから」
「そうだな」
 窓を音が立たないように閉めて、布団へともぐりこむ。
「…あのさ、」
「なんだ?」
「……あ、いや、おやすみ」
「おう。おやすみ」

 暫くしてからそっと起き上がって阿部のほうを見る。向こうを向いてて分からないけど寝てるみたいだ。
「だいじょうぶ。もう、だいじょうぶだから」
 ゆっくり寝ろよ。と言って、俺も意識が落ちた。



「悪いな、…ありがとう」






タイトル:karma.

080104