部屋に備え付けてある椅子に腰掛け目の前のレポート用紙を目にしたとき、おれは急に「伝えなきゃ」と思った。
書き途中
机の上に転がっているボールペンを手にして、特に考えずに手を動かし始めた。
目は残された軌跡を辿っているだけで、手は勝手に文字をつづっていった。レポート用紙になんて書いて良かったのかな、と一瞬だけ考えて、それすらも無意味だと言わんばかりに手は動き続ける。おれは、やっぱりきれいな色の便箋に書いたほうがいいような気がした。もうここまで書いちゃってたら意味無いけど。
ところどころに「ありがとう」とか「うれしかった」とかそういった文字が見えて、きっとコレはお礼の手紙なんだろうなと思った。
手が勝手に動いてる間、おれはこの手紙の宛先が誰なのかを考えていた。
小学校の時の友人かもしれない。初恋の人かも。もしくは悲しくなるような口論をした後に別れることになってしまった恋人とか。意外なところを取って兄弟とか恩師なんかもありえるかもしれないな。
これは自分の事なのに。
どうしておれはこれが誰への手紙なのかわからないのだろうか。
そんなことを考えながらも、手紙は最後へ向けてラストスパートをむかえていた。
「ありがとう」とか「うれしかった」って言葉に溢れていた文面が、段々と悲しさを滲ませていく。
ごめんね
また会いたい
どうすればいいんだろう
そんな言葉が出てくるようになって、おれは悲しくなっていく。そしておれは、いったい何をしてしまって、この手紙を書いているのかが、ほんの少しだけわかったような気がした。
この時はじめて、おれと手がひとつになったような気がした。
おれはひとりだったんだ。
最後に自分の名前を書いて、手は静かにペンを机に下ろした。
書き終えた。
静かに完成された手紙を、おれは手にとってその厚みを確かめる。おれの手が書いた手紙。あの人へと宛てた最後の手紙。もう一度読み直そう。そう思ってゆっくりと読み返していると、目へと熱がじわじわと集まり慌てて手の甲でこすった。
「あとはこれを出すだけだ」
最後の作業をしなければいけないと思った。
いきなりの浮遊感に体が追いつかず、びっくりして目を開けた。
目覚めはいつもこうだ。
何度も「あの手紙」を書いたんだ。くり返し、くり返し。
けれど、あの手紙は一回もポストへと投函されていない。
いつまでも心の中に残されたままの文面は、誰に送られることもなく、ずっと封筒のなかに入れたままであの場面の机の上にあった。
いつも、あの手紙は封をすることすらできずに終わった。
手紙の成仏、って言ったら変な感じがするけど、この気持ちをくんでやろうと思った。
そして、おれは机の上のレポート用紙に手をのばした。
080211