緑の絨毯が波打って、そこは海になった
この町で一番強く風が吹く丘で、また彼に出会った。
もう何度目になるのかわからない。最初の頃は珍しいと会うたびに(といってもわたしは見ているだけだったけれど)数を数えたものだ。それは3日おきに数を増やしていった。わたしが3日おきに来ていたからそういう記録になっているけど、きっと彼は毎日ここへ来ているんだろうと思った。
小さい頃から丘の頂上から見える景色が好きだった。この町を全て見渡すことが出来るし、もちろんわたしの家も見える。他の子も知らないし、大人にも言ったことがないこの場所は、間違いなくわたしだけの場所だった。
彼は両手を広げて、とても気持ち良さそうに風を浴びている。
彼のようにやってみたいと思ったけれど、ここは本当に風が強くて、わたしなんかは飛ばされてしまうんじゃないかと思うくらいなのだ。もちろんスカートは大きくなびいてしまう。だから、わたしは同じことをしない。心の中では当然、彼のように両手を広げているのだが。
彼は制服を毎日着ていたから学生だと思う。詰襟じゃなくってブレザー。この辺りはほとんどが詰襟の学校ばかりだから、どこか別の街から来ていることは間違いなかった。
でも、彼はまるでそこにいるのが当たり前であるかのように、はじめからそこにいた。
彼の姿はとても眩しかった。
わたしが彼を見る日はいつだって晴れていて、青空と真っ白な雲と彼が、完璧とも言えるくらいのバランス。初めてその光景を見たとき、わたしは息の仕方を忘れてしまったぐらいだった(大げさに聞こえるかもしれないけど、紛れもなく本当のことだ)。彼の後姿しか見たことないのに、本当に、とても綺麗なのだ。
真っ白い半袖から伸びた腕。
風を掴むかのような指。
はためいているシャツの裾。
どれもが、すべてこの景色のために存在してると言っても間違いじゃないと思う。
この町の育ちではない彼がどうしてここを知っているのか、どうして彼はここからの景色をずっと眺めているのか、
(ずっとその姿を見ていられたらいいのに)
叶わないその願いすら、風がどこかへ飛ばしてしまう。
…もう家に帰らないといけない時間だ。静かに彼に気づかれないように丘を降りる。またあの姿を見れることを願って。
彼の姿を正面から来る日は来ないだろうと感じた。
けれど、またあの絵のようにこの街からも世界からも切り取られた景色を見るために、わたしはあの丘を登り続けるのだろう。そう思った。
(080402)