涼太が、意を決したように話し始める。



 俺さ、お前と遭遇して約束をした頃は、この町が好きだったんだ。ここからの景色はきれいだし、家族だってやさしい………あ、家族は健在だからな。そこはカンチガイすんなよ。
 ……で、毎日友達と遊んで傷つくって泥だらけになってさ。夏は汗だくになって走り回って。そんなことが毎日毎日続くけど、それが好きだったんだ。
 うん、やっぱり俺好きなんだ。
 そんで、やっぱり親友ってのがいたわけだ。俺だってガキだったわけで、そういう<親友>とかそういうものをかっこいいって思ってたから…当たり前みたいに「俺ら親友じゃん!!」とかしゃべってた。そういうの思うだろ? かっこいいって思うじゃん。…へ? ああ、まあいいけど。話の腰を折るな、せっかく話してやってんだから。

 …どこまでいったっけ? ―――そうそう。

 俺にも親友がいたんだ。毎日遊んでたのも、一緒に傷つくって泥まみれになったものそいつとだったんだ。まわりのやつとかもいたけどさ、それらはオマケというか、ついでに遊んでたみたいな。……この町の大将みたいなやつでさ、そいつ。みんなくっついてた。でも、俺は対等な関係というか、そんな感じで後ろにくっついてるんじゃなくって横で小突きながら笑ってる、みたいな関係だったんだ。
 うん、楽しかった。本当にたのしかった。ずっとこうやって続けばいいのにとか本気で思ってたくらいに。



 でもさ、そういうのもあっけなく終わっちゃったんだよね。
 なんでだったのかな? もう思い出せないんだけど、まあ、それだけくだらないことだったんだと思う。 とにかく、喧嘩しちゃってさ。ハバツ争いみたいな感じで。 俺が孤立するみたいな雰囲気になっちゃって、それは気にしなかったんだけど…そういうのは別に気になんなかったし。イジメって感じでもなかった。それでも孤立してたんだよね。
 で、俺が孤立したわけだから、そいつは勿論<みんな側>につくんだ。

 ……それが、すごいショックだった。

 くだらないことだったなとは思ってる。すげー馬鹿らしいことだし。……今はもう割り切れてると思うけど、やっぱりその頃は、…うん、無理でさ。クサってたよ。
 一瞬でも目があったらすぐに目を逸らした。話しかけられそうになればその場から走って逃げた。 かっこわるいと思っても、それが精一杯で……。すごい悩んだんだ。夜もみんな寝てもずっと布団の中で考えてたし、それで眠れなくなるときもあったし。両親に聞かれても「なんでもない」とか強がっちゃうし。



「…本当に、くだらないよな」

 要は俺もガキだったんだよなー、と言って、芝生に寝転んで笑う。そんな涼太をきちんと見ることができなかった。
 5年前。僕よりもオトナだと思っていた彼だって、コドモであったことには変わりはない。そして、親友だと思っていたやつから<そういう>扱いをされることがどれだけ辛いことか、僕でも分かる。

 どうやって言えばいいんだろう。辛かったんだな。もう平気だろ。……それはちょっと違う気もする。 「割り切ってる」と言ったって、そんな顔をしてるのに割り切れてるわけないだろ。辛かったんだな、と言うのはその場の慰めにしかならない。後で、鈍く疼く傷になってしまうんじゃないだろうか。

「それでさ。そいつの家が…あの青い屋根の家なんだ」

 指をさしている方向を見ると、一軒だけぽつんと真っ青な屋根があった。

「あの家が……」
「そう。 で、ここに来るのも5年ぶりなんだよ」

 ――家を見るのも嫌だったから、とは涼太は言わなかった。

「……ごめん」
「なんで謝るんだ? 俺は気にしてないって!」
「だけど」
「だーかーら。本当になんでもないんだって。もうこれはオモイデなの」
「思い出…か」
「そう。だから瑞樹が気にしなくていいんだからな」
「……わかった」

 ここに来たことが彼を傷つけてしまったのなら、僕にできることはあるのだろうか。

 この場所に立って、僕と話(くだらない話)をすることで、何か変われることがあればいいと切実に思った。 どうか、彼の傷跡が少しでも薄くなりますように。いつかそれが本当に思い出になって、笑って話せるようになりますように。 と、小さく呟いた。





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